“レーシングシミュレーター”と聞いて、どういったものを想像するだろうか。実車とは違うモノ、所詮ゲームの延長線上だと考える人も少なくないだろう。
しかし、F1チームやプロのレーシングドライバーが実際にトレーニングで使用したり、シミュレーターでトレーニングを積んだドライバーが実戦で好成績を上げるなど、いまやその重要度は飛躍的に増していることも事実だ。
そんなレーシングシミュレーターについて、ZENKAIRACINGはどう考えているのか、そもそもシミュレーターとはなにか、ZENKAIRACINGのモーションシムの誕生秘話などを、全3回にわたって紹介していく。
第3回では、ZENKAIRACINGシミュレーターの誕生秘話、そして今後どのような進化を遂げるのかを紹介していく。
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■“フニャフニャ”な出会い
2015年某日、仕事に明け暮れていたZENKAIRACINGの林氏。
好きなクルマを運転できていないなか、自分の好きなことに「少しばかり投資を!」と思い立ち、レースシミュレーターを作ることにした。
まずはベルトドライブのステアリングコントローラーを用意し、市販のプレイシートに設置。PS3を3台接続し3画面化した初のシミュレーターがここに完成するのだ。
しかし、シートの剛性は低く、ステアリングは変に振られてしまうという代物。
「実車とかけ離れている」
自作の初シミュレーターに違和感を抱いた林氏。次はいくつかのレースシミュレーターショップに足を運び、実際に体験してみることに。
当時、日本国内には工業用ダンパーを用いたモーションシミュレーターがいくつか存在し、それを利用したシミュレーターショップが点在していた。
そこでモーションダンパーつきのシミュレーターを体感した林氏が感じたのは、
「剛性がなくてフニャフニャじゃないか!」
それが本格レースシミュレーターとの出会いであった。
■“怖い”と思えるシミュレーターづくり
そこから3年ほど、趣味の延長線上として試行錯誤をしながらシミュレーターを作り続ける。そんななか転機が訪れる。
2018年、初めてシミュレーターを購入したいというお客様が現れたのだ。
とはいえ趣味の延長線、ほぼ原価で販売するが、そこから火がついてしまう。
「趣味だからこそ極めてみよう」
そう思い立ち、なんと実際にフォーミュラカーを購入、そして実戦デビューを果たすのだ。
実車に乗ってみて初めてわかるホンモノの動き、ホンモノの硬さ、怖さ。昨今のシミュレーターに足りないものがそこにはあった。
この足りないものこそ、シミュレーターには絶対に必要不可欠なモノだろう。
そこからシミュレーター開発は加速していく。
シミュレーターの高剛性化をはかるため、アルミフレームで筐体を自作。シート、ステアリング、ペダルの固定方法などを模索していった。
そうしてシミュレーターの開発は次なる段階へとステップアップする。
■動きすぎるモーションシミュレーター
高い剛性を得たシミュレーター、次なる挑戦は“モーションシミュレーター”だ。
まず、2本のダンパーを筐体の基礎に固定、シミュレーター内の車両の動きをドライバーが座るシートに反映していく。
理想的なダンパーの動きを模索していくなかで、ひとつのことに気づく。
「昨今のシミュレーターは、シリンダーが動きすぎている」
クルマが発生させるGを事細かに表現しようとするあまり、ダンパーが動きすぎている。そのおかげでストロークが伸び動きが遅く、無駄な動きが多くなってしまっているのだ。
無駄な動きを抑え、なおかつクルマの動きをリアルに再現する。この無理難題をクリアするのに不可欠だったのが、実車での経験だった。
制御系のソフトを見直し、味付けを最適化していった結果、動きすぎずにクルマの動きを的確にドライバーへと伝えるモーションが実現。こうして、“バージョン0.0”の2軸シミュレーターが完成した。
■次なるモーションシミュレーター、そしてその先にあるもの
2軸のモーションシミュレーターが完成したいま、その先に待っているのは4軸のシミュレーターだろう。
今日出回っているシミュレーターは7軸や8軸とシリンダーの数を増やし、上下動のみならず横方向の動きもダンパーを用いて再現しようとするものが多い。
そのなかにおいて、なぜ4軸なのか。
その答えは横方向(Yaw方向)のダンパーにつきまとう欠点に由来する。
横方向にダンパーが動くと、シートが斜めを向く。その動きでリヤが流れたと錯覚させるのが横方向のダンパーの役割である。
しかしながら、そのようなシミュレーターはしばしば、シートが斜めを向いてしまい、ドライビングポジションが変わってしまうのだ。
また、横方向の動き、リヤが流れる動きはステアリングのフィードバックから感じ取ることができる。
だからこそ、横方向のダンパーは現時点では不要だと考えます。
4軸シミュレーターこそ基礎であり、現在の2軸シミュレーターはあくまでバージョン0.0のβ版。4軸シミュレーターこそ“バージョン1.0”であり、これがすべての基礎となるだろう。
そしてバージョン1.0の先には、VR(バーチャルリアリティ)との融合が待っている。
今日のシミュレーターで主力の3画面とは違い、VRの没入感は桁違いといえる。
VRの“実際にその場にいるような感覚”と、モーションシミュレーターの“実際のクルマの動き”が合わされば、そこに究極のシミュレーターが完成するだろう。
■究極のシミュレーターとその可能性
これまで、シミュレーターはドライバーに錯覚を起こさせ、疑似体験をさせるものだという話をしてきた。しかし、ZENKAIRACINGの考えるシミュレーターの活用方法はそれだけではない。
クルマを限界下で操縦している状況で、人間の身体はどのような働きをしているのか、そのようなメンタルなのか。そんな実験に活用していくことを目指している。
実車ではできないようなトレーニング方法を編みだし、今までになかったシミュレーターの活用方法を見出していくことができるだろう。
レーシングドライバーを育てるために生まれたレーシングシミュレーターは、もはやゲームの領域を超え、さらなる深みへと進んでいく。